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 ←迎えた終焉 【参】 →迎えた終焉 【肆】
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「グランディア国物語」
Chapter3 わたしを繋ぐ声<ルシュド編>

きっと、

 ←迎えた終焉 【参】 →迎えた終焉 【肆】


 「………ん…」
日ざしが窓から差し込んで、瞼の上から白い光が覆ってわたしは眉を歪めながらゆっくりと視界を開けた。
 すぐそばには、少しだけ顔色を悪くしたルシュドがわたしの頭を撫でながらそこにいた。

 「ルシュド、何でいるんだ……!」

 声は起きたばかりで掠れていたけど、焦ったわたしの声は彼に届いていたようで。彼は少しだけ苦笑すると、わたしの頬に指を滑らせる。

 【お前が危ないのに、そばを離れるなんてできるわけないだろう】
「だ、だって……!お前だって日のある中では危険なのに」
【調子が悪くなって力が少し落ちるだけの話だ。お前よりも元気だ】
「だが……」
起き上がる拍子に視界が思いきりぐにゃりと歪み、意識が一瞬遠くなる。それをすかさず支えたルシュドが【ほら】と眉を顰めた。心配そうに歪ませている顔を隠そうともせずに、わたしの髪の毛を梳くようにひたすら甘く撫でてきた。
【―――俺のことは気にするな、……起きれるか】
「……あぁ」
わたしはゆっくりと呟いてベッドから降りようとするが、ズキリと不自然な痛みが起こって身体の動きを止める。

 「――――――っ!?」

 心臓の辺りをぎゅっと掴んで目を強く瞑る。

 漠然と分かるような気がした。

 決して、ありはしない命が削れる感覚が。

*・*・*

 さらさらと何かが身体の中から抜けていくような。命の削れる音が聴こえる。耳に直接ではない、だが、確かに分かるそれはたぶん―――感覚で感じ取っているのだろう。身体が危険の信号を出しているのだろうか。
 もうわたしは長くないのだと、教えてくれているのだろうか。

 砂時計みたいな命。
 あと残り少ない量。
 さらさらとどこかに落ちていくのをただ見ているだけなのだろう。
 決して戻ることのないその命の源を、憂いながら。
 絶望にも似た感情が襲ってくる。訳も無く泣きたくなった。

 大丈夫だと思っていた。怖いかもしれないけど、後悔はしないと。未練はないと。姉様を救えるのなら、たった数年でも普通の人のように笑って暮らせる生活ができるなら。その禁忌を誰に気付かれないくてもいいと思った。
 後悔はない。
 姉様は確かに幸せだったと言ってくれた。多少の責任は背負ってしまっただろうけど、それでも楽しんで生きると言ってくれた姉様だから。きっと有意義に使ってくれたんだろう。
 だから後悔はない。
 でも、それは誰かを好きになることなど想定はしていなかったから。
 後悔はないけれど、未練ならあるのだろう。きっとわたしは。
 ルシュドを好きで、好きで、できればもう少しそばにいたかった。

 わたしが死んでしまったら、精霊に生まれ変わると決まっているけれど。―――それは今の〝レシア〟ではないから。
 今の〝わたし〟は死んでしまうのだから。
 わたしのままルシュドのそばにいることはできない。
 ルシュドはそのことを知っている―――?きっと、知っているはずだ。だってそばには、わたしの命のことをわたしよりも分かっているサラがいるのだから。ルシュドはそれを知って、何を思っているのだろう。


 「ルシュド……」


 わたしという存在がなくなる前に、人間でいられる前に。
 お前のものになりたいと思うのは、おかしいのだろうか。
 きっと、おかしくないはずだ。誰もが思う感情のひとつ、わたしにもそういう感情があるのだと気づいてまた嬉しくなる。
 それと同時にもうすぐそこまで迫っている命を知って、焦りを覚えた。


 「お願いだ、わたしを……―――」


 言いかけたところで、扉がノックされ―――想いをしまい込んで現実へと引き戻された。

*・*・*

 「誰だ」
すぐにはっとしたわたしは低い声でそう扉に向かって言う。
「俺だ俺、ランザ」
「―――出発か?」
「ああ、すぐに出発する。下のロビーで待ってるから、来てくれ」
「わかった」
ランザの連絡にそう相槌を打つと、わたしはルシュドを見上げた。

 間近でわたしを見るルシュドはとてもじゃないが見ていられないくらいに鋭い目でこちらを睨んでいる。さっき言った続きを言え、とその目が物語っていた。
「時間だ、もう行く」
【シア】
「……お前も昼間は辛いだろうから帰ってくれ」
【シア】
言え、ということなのだろう。旅先でそろえた軽装に着替えたわたしの腕を掴んでくる。
【何を言おうとしていた?】
「今はもう恥ずかしいから言いたくはないかな」
苦笑してわたしはルシュドに言った。目を見開いて首を傾げるルシュドが不機嫌そうに眉を顰める。

 【何を考えている?分からないのは気分が悪い、早くお前を俺のものにしてしまえたらいいのにな。こんな嫌な気分もなくなるはずだ】

 「はは、そうだな、そうしてくれ」

 冗談まじりに、わたしは本音を言っている。
 それをルシュドは気付いてくれるだろうか。

 ルシュドはわたしに手を伸ばして後頭部にそれを回した。そして引き寄せて、自分も近づいてくる。唇が触れて、噛みつくような口づけが降ってきた。ひとしきり貪ったあと、ルシュドはわたしの耳元に唇を寄せる。


 【本当に俺のものにしたい、ずっと思っていたことだ。いつか叶えようともそしてそれが恐ろしいとも………本気で、するぞ。そんなことを言ったら】


 もしかしても、もしかしなくても、ルシュドはわたしと同じことを考えてくれているのだろうか。
 それなら嬉しい。

 「お願いだ、わたしを―――」

 ルシュドは目を開いた。きっと、さっき言おうとしていたことだと分かったのだろう。
 「わたしを、お前のものして」
その言葉の意味を分からないルシュドではない。

 それを聞いて、肉食動物のような猛攻な瞳の色を宿して不敵に笑む。

 【してやる、喜んでな】
「でも、もう時間だ。また今度」
【生殺しだな、それは】
苦笑して、ルシュドはわたしを撫でた。それはいつもの別れを知らせる合図で。

 名残惜しくわたしたちはわかれて、―――わたしは外套を掴んで扉を開けるのだった。

*・*・*

 命がなくなる音がする。
 命が終わっていく、命を巡らせる何かがさらさらと零れていく。

 それは目的地に歩いている今でも、不規則に続く頭痛には――本当は駄目なのだろうけど――慣れてしまった。痛みを仲間に隠すことにもなれた。

 「お前さんたち、あの森に行くのかい?」
街の男が恐れたような目を向けてそう言った。商人らしき男は手に怪我を負っていてその部分を抑えている。
「そうだが?」
サイラス様がそう言うと、男はそのまま言った。
「……あそこには盗賊がいる……、盗賊が恐れる魔物もいるんだ。馬鹿げている、死ぬためにあそこには行かないほうがいい!」
「わたしたちは平気ですよ、任務ですから」
にこっと笑ったわたしに男は訝しそうにわたしの言葉を反復する。
「では」
わたしたちは歩き出す。サイラス様も、エメロットも、そしてフローガたちも。何も言わずに。ただ黙ってその商人の横を通り過ぎた。

 「いるようだな、はぐれ精霊が」
「そうだね」
「そうだねぇ~」
フローガが後ろのほうでヴロンディとルサフィに話している声が聞こえる。
「盗賊もいるみたいだけどねぇ~」
ルサフィの無邪気な声がそれに続く。
 「…………レシア!」
フローガに名前を呼ばれる。我が物顔で呼ばれたような気がするが、それでもわたしは振り返った。というか、名乗ってはいないはずなのに。サイラス様たちとの会話で聞こえたんだろう。
「……何だ」
「お前、風を使えるか」
「……ああ」
フローガの言いたいことが分かる。フィリップの力を使って、森の奥の様子を見てこいということだろう。

 風がわたしのまわりを舞う。

 「フィリップ、頼む」
【分かってる、お前のためならな。だが―――】
風に舞いながら現れたフィリップが間近でわたしの顔を覗きこむようにして頬を挟んできた。
【大丈夫だな?……いや、駄目か】
眉を顰めて髪を労わるように撫で、ギッと遠くのほうを睨む。そうするとそれと同時に風がどこからか森全体に吹き抜けていく。サイラス様やエメロットは顔を庇うように腕を上げた。
【分かるか】
直に伝わる風の意識。

 確かにいる。盗賊たちのいる場所は洞窟の中なのだろう。どんちゃんと騒いでいる姿が脳裏に伝わってくる。強い風に「何だ」と騒いでいる盗賊たち。
 そして次に見えるのは―――。

 「―――ッ……!」
 【いるな……】

 猛攻的な瞳をぎらつかせ、優美に残酷な笑みを見せる男の姿。姿が見えるということは、はぐれ精霊なのだろうか。人間ではない威圧感を放つ彼のそばには醜いカタチをした化け物がそろいそろって並び、剣がふわふわと浮かんでいる。
 みな中級や下級の精霊たちなのだろう。彼が従えているのだろうか?



 【噂は聞いているよ、君があいつの、………愛しい女だね。ふふ、初めて会えるようで嬉しいよ】



 「っ!?」
 【……気づいている…?!】
 フィリップは風との通信を切る。
 見えた映像の優美な男が語りかけてきた。こちらに視線を合わせて、不敵な笑みを見せて。それが何故か、――――――ルシュドと重なる。

 【ルイカ……、あいつ……ルシュドの従兄だ。ある事件があってから数十年前からはぐれ精霊として敵対している、……こんなところで、あいつに会うとは―――】
「――――――駄目だ、……駄目だ」
恐怖が身体を貫く。あの視線は絶対にわたしを捕えていた。
【―――…行くのか?】
「……ああ、きっと」
わたしが呟くとフィリップはギリッと精霊使いであるフローガたちを見据えた。

 【お前らも精霊使いだろ……、これから会うはぐれ精霊はお前たちでは倒せない。もっと、準備が整っていないと一発でやられることになるぞ。おおげさではない、やめろ。盗賊を無視してでも逃げたほうが身のためだ】
フィリップらしからぬ緊迫と焦燥の声だ。
【やばい、来る―――!……任務なんか捨てろ……!シア!】
叫んだフィリップはわたしを庇うようにして立ちふさがった。







 その言葉の次の瞬間に目の前の気が全て切り倒される。破壊され目の前で土煙を立てていく木に意識をやることなどできなかった。


 刹那に、目の前にいたサイラス様やエメロットが地面に沈んでいたのだ。
 腹部や腕、脚から血を流して。
 何が起こったか、分からない。


 そして目の前に立っているフィリップの肩もぶらりと力を失ったように垂れ下がっていて地面に血の雫が落ちていた。


 【悲しいな、せっかく会えるというのに。ルシュドの犬が偉そうに】
優美にひたすら穏やかに笑んだそのルイカという男の刃は血に染まっている。
【君たちはあの盗賊どもを殺しに来たのか?それとも、俺たちかな】
サイラス様たちは使い物にならないくらいにぐったりとしていた。動けない、いつの間にか精霊たちを呼んでいたフローガたちでさえ動けていない。その精霊たちも。

 【俺の名前はもう知っているのかな、愚かな従弟の愛しい女】

 駄目だ。
 ガンガンと非常事態を告げるサイレンが鳴っている。
 すぐにルシュドを呼ぼうとしたが、それさえもできずにわたしの首はルイカの腕に捕まった。首を絞めるほど強く握っていないのに拘束されるような恐ろしい感覚を覚える。

 【俺の名前はルイカ、初めまして。―――ああ、フィリップにルーチェ、リリノアも……そんなに怯えないでいいんだよ。俺は君たちを殺そうなんて思ってない。君たちが、手を出さなければの話だけどね】

 にこりと微笑んだルイカの笑みは自信に満ちあふれ、ルシュドと同じような狂気を孕んでいる。

 「お前、この……!」
【何、かな?】
フローガの一言の一瞬、ルイカの腕がすぐに振り下ろされた。その一秒も待たないような黙らせ方に目を見張って、
【――――――っくぁ!】
フローガを庇い呻くルーチェの声がした。
【―――ん?死ににきたの、ルーチェ】
にこやかに笑んだルーチェは、冷酷さを隠そうとしないルシュドと同じくらいに質が悪い。
【…俺、は……、主人を護るだけ、ですから】
【へえ、忠犬なことだね。―――そんなに死にたいの】
浮かんだ刀はきっと下級の精霊がついている武器なのだろう。

 だが、その場にいた全員が凍りついたままだった。
 全員が死を予感した。
 フローガたちも目を見開いて事態の急変を感じている。

 「ルシュ……!」

 【分かってる……!余計な奴に会ったな】
ルシュドの声がした、酷く泣きたくなるくらいに安心する声だった。ルシュドはルイカの手に握りしめて、わたしを自分の腕へと抱きしめてくれる。少しだけ焦っている声で、それが逆に緊張した。
【………ルシュド、……やっと来てくれたね。君を殺したくて仕方がなかったよ】
狂気を含んだ笑みにルシュドも笑い返す。
【お前の相手は俺しかできないのは確かだな】
ルシュドの闇がぐわりと歪むように出てきて、ルイカを容赦なく突き刺そうと襲う。ルイカは宙に浮かんだ刀を取って闇を切り裂いて後退した。血だらけの刀はルイカの残酷さを物語り、ルシュドは周りをちらりと見た。
【―――ニーチェ、リリノア、精霊使いのガキ共も……街へ戻れ、邪魔だ】
「ああ、帰ってくれ」
わたしも言いながら黒狼を呼び出す。
「フィリップ、頑張れるな。サラも、来い!」
その呼び声にフィリップはふっと笑ってしっかりと脚を立てて、サラも光に包まれながら姿を現す。

 「フローガ、ヴロンディ、ルサフィ、……仲間をよろしく頼みます」

 この中で信頼できるのは同じ力を持つ精霊使いの彼らだけだ。わたしは後ろにいる三人にそう頼む。
 「俺はいるぞ!ここに!」
傷を負ったランザがそう食い下がる。
「駄目だ、分かるだろう!フローガたちと一緒に帰ってくれ!」
【帰れ】
ルシュドのドスの効いた声にランザも息を呑んでサイラス様を抱き上げる。
「―――行くぞ」
フローガが文句も言わずにエメロットに肩を貸して、リリノアの背へと乗せる。ルサフィが癒しの精霊であるアネモネを出して、エメロットの身体の治療をすぐさまし始める。サイラス様も乗って、リリノアの背には―――エメロット、サイラス様、ルサフィ、ヴロンディだ。
「リリノア、あと一人行ける?」
【……少しなら、平気だぞ。今は非常事態だ】
無理をしているかもしれないが今はリリノアに頑張ってもらわなければ困る。リリノアが飛び立ってヴロンディの手にフローガが捕まった。

 「―――――――――――礼を言う!」

 そう言って去っていったフローガに、ふっと笑って息をつく。

 だけどこちらは絶対零度のような冷たい空気だ。

 【――――――――――――――――――――――――――――――――――君の愛しい女を奪ったら、君はどういう顔をするのかな】
【黙れ逃亡者】
【……君が俺をそうしたんでしょ】
【家族を殺せばそうなるだろう、お前は精霊界で一番の大罪人だ。自覚をしているくせに愚かな男だな】
【君も存外に愚かだと思うけれどね】

 その彼らの応酬を聞いている。
 殺気立った殺伐とした雰囲気が二人の間には漂っていた。

 ―――………家族殺し?

 ルイカはルシュドの家族にもなる者たちを、自分の家族を殺したというのか。そうしてはぐれ精霊になった。―――そうしてルシュドと同じくらいの強さを持つ凶悪な精霊。
 【鈍くはなっていないよね、従弟(おとうと)よ】
【お前の弟になった覚えはない、力も俺より弱い】
【一対一だったらの話だよ】
ルシュドの言葉ににっこりとルイカは笑う。その背には従えた武器が宙に浮いてその矛先はルシュドやわたしに向かい、そして奇怪なカタチをする化け物たちが飢えた狂気の色を見せ、こちらを睨んでいた。
【殺せ】
【やるんだ】
闇に命令したのはルシュドもルイカも同じ速さだった。


 お互いがお互いに肩から腹部にかけて斜めの血しぶきがたつ。

 「ルシュド!……ルシュ……ッ」

 言葉にならない悲鳴を上げ、わたしは彼の名前を呼ぶ。
 強い、そして早い。人間であるわたしの目には到底追えないほどに。それほど、戦いに慣れた上級の精霊の戦いは凄まじく早く、壮絶だった。

 ルシュドの闇が生物のようにルイカの従える中級のはぐれ精霊たちを消し去っていく。急所を一突きして息つく間も与えないような容赦ない斬り方、刺し方だった。
「黒狼っ……、お前も頑張るんだ……!」
わたしは自分の闇で真っ黒な剣を作り出して防衛のためになんとか構える。わたしの一部となっている黒狼(やみ)は唸って、はぐれ精霊たちを薙ぎ倒していく。

 【へえ、君の女は君の力を使えるのか。もう、契約はしたようだね】

 残酷なほどに穏やかな笑みでルイカが言う。

 【………そこまで、君が執着するその女……俺も気になってきたよ。確かに美しくて気高いようだね。血を恐れない女は珍しい】
うっとりするような目でこちらを見てくるのが分かった。
【黙れ、死ね】
話の脈絡もない言葉を吐きすてるルシュドは闇を操ってルイカを仕留めようと力の威圧を増す。
【君がムキになるなんて、やっぱりその女は君にとって特別なのか。……へえ、ますます興味が湧いてきたな。鬼や悪魔の敬称が似合うお前にも、そんな感情が残っていたのか】
【お前にだけは言われたくはない】
【ふふ、お互い様だろう。所詮闇の精霊の一族に生まれた者同士だ。俺と君、似ていないはずがない】
【黙れ】

 笑ったルイカはこれまでかというほどに残酷な笑みのまま。

 【全員、ルシュドを仕留めるんだ】
「ルシュド!」
冷酷な呪詛を吐いた。
 目の前でルシュドに向かっていく無数の刃、奇怪な姿をした化け物たち。あの化け物はルイカがつくりだしているのだろうか、あれもまた闇の一種の力なのだろうか。
 ルシュドが心配で、どうにもできない自分が悔しくて、隙ができた。

 「―――っう!」

 後ろから腐臭のするその化け物に絡まるように拘束される。
 そしてすぐ目の前に、ルイカがいた。あの凶悪な笑みをうっとりとした笑みにして、それが逆に恐怖を煽る。今まで、こんなに恐怖を感じたことがないというくらいの凄まじい恐怖で鳥肌が立った。
【確かに、間近で見ても美しいね。恐怖に屈しずに睨む姿も美しい】
【ルイカ!貴様ッ……!】
遠くで怒ったルシュドの声が聞こえる。
 ルイカの繊細な指が身動きの取れないわたしの唇に触れた。
 【心惹かれてしまいそうだよ、―――君の名前が聞きたいな、触れたくも、なる】

 今の状況とは不釣り合いな甘い声。
 恐怖を煽る。
 後ろでは恐怖しか感じない生物がわたしを拘束しているというのに。

 唇がゆっくりと重なった。

 ルシュドの目の前で、なんていう屈辱だ。
 「や、め……ッ!!!!」
開いてしまった口に侵入するルイカのものが声も何もかもを奪っていく。腐臭のする名前さえ知らない化け物の拘束がぐちゃりと強くなる。骨のようなものさえ見えるそれが現実とかけ離れていて眩暈がした。
 ルイカの舌が貪るのを楽しむように動くのを遠くなる意識の端でとらえた。継続的に続く命が削れる頭痛が皮肉にもわたしの意識を保つのに役立ってわたしはルイカの舌を噛んでやる。
 眉を顰めて唇を離したルイカを睨んで、わたしは黒狼を呼ぶ。

 わたしはそのままルイカの腕を掴んで、黒狼とルシュドに叫んだ。

 【殺せ!……ルシュ!黒狼!】

 その言葉に黒狼が真っ先に牙を向いて走って来て、ルイカの肩を噛み千切るようにして飛び込んできた。
 【―――ッ!……犬が】
冷たく吐き捨てて黒狼が地面へと叩き付けられる。
【お前を、許さない】
【許さなくて、も……たとえ許して、も…俺、には関係ない、よ。………俺も気に入って、しまった、……甘いね、彼女は……俺の好みだ】
狂気の笑みを浮かべたルイカとルシュドの攻撃が交わった。

 ルシュドの闇はルイカの腹部を貫いて、ルイカの握った刃はルシュドの腕を貫いている。

 「黒狼っ、わたしの後ろの、こいつ、を!」
【ガルルゥッ】
唸った黒狼は化け物の頭を食いちぎって投げ捨てる。ぼとぼとと嫌な音を立てて後ろへと転がるそれを見ないようにして、わたしは前に飛び退った。

 【―――――――退却、しようか】

 ルイカはわたしのほうをちらりと見て、ルシュドと、自分の腹部の傷を見下ろす。そうしてまたわたしのほうを見つめて、狂気の笑みを甘い笑みに変えて、怖いもの知らずのように口を開く。

 【いつか奪ってみせるよ、君のキスと同じようにね。今度会う時は、君の名前を聞いてあげる】

 何か楽しいものを見つけたような笑みを見せ、ルイカは闇へと消えていった。

*・*・*

 いなくなった途端、ルシュドがその場に膝をついた。
 ひゅうひゅうと嫌でも苦しそうな息遣いが聞こえてくる。

 【何もできなかった、すまない、すぐに手当をする】
遠くのほうで化け物たちの応戦をしていたのだろうサラが駆けつけてくる。フィリップも同じく、険しい顔をしてわたしとルシュドのほうへと走ってきた。
【すまない、腐臭の化け物に手こずった】
【……強ったな、さずがルイカの従えたなりそこないということか】
フィリップの言葉にサラも眉を寄せて頷く。ルシュドの怪我を治そうと光を集めて探すサラだが、ルシュドはわたしのほうを見やった。

 そのわたしは服を脱ぎ捨てているところだった。
 気持ち悪い腐臭のする化け物に触れられていたものなど身に着けていたくない。染みこんでくるものさえ嫌だ。鼻につく匂い今も残っているようで、悔しくて涙が出そうになる。下穿きもビリビリと破いて、太腿あたりまでなくす。破った布の部分は腐臭がして見てもいられない。
 上のものを引きちぎって下着だけになってそれさえも手にかけようとしたとき、ルシュドに止められる。
 【シア、これ以上やってどうする】
「汚い、……嫌だ」
頑なに言うわたしにルシュドは眉を顰めた。そしてため息をつく。
【フィリップ、他の奴らの位置を特定してそこへ留めておけ。今すぐ探すんだ】
【了解】
フィリップは頷いて、姿を消した。
【サラ、ひとまず俺の傷はいい。―――いったんあっちに戻って、傷薬をつくってまた戻ってこい】
【……応急処置はする、それまでは帰らない】
【――――――なら、俺が何をしても文句は言うなよ】
サラの言葉にルシュドはため息をついて、わたしの顎をくいっと上げた。そしてすぐさま唇を重ねる。噛みつくようなキスがさっきのルイカのそれの清算なのだと分かって、わたしも素直に口を開いた。
 くまなく蹂躙されて、甘い痺れが襲う。
 悪寒しないものとは全然違った。全てを上書きするように塗り潰すように。舌を吸われて、舐められて、食まれる。全てを蹂躙したところで、ルシュドは甘いキスをひとつ落として唇を離した。
 【他は】
短い命令は、抗えない怒気すら含んでいて。たぶん、かなり腹わた煮えくり返っているに違いない。
 唇に舌を這わせて、吸われる。
 【確か、唇も触っていたよな】
眉を顰めたままルシュドはそう言って、さっきまで舌を這わせていた唇をなぞった。

 【………身体も綺麗にしてやる、……今は我慢しろ】

 耳元で危険な、だが何故か安心さえしてしまう言葉が囁かれる。
 下着だけになってしまったきわどい姿のわたしにルシュドの血まみれの外套がかけられて、ルシュドは重傷の傷の酷ささえ感じられないくらいしっかりと立ち上がった。
【傷を治す、じっとしていろ】
サラがそう言って強い光をルシュドの傷口に当てる。だらだらと流れていた血が止まって、少しだけ傷が塞がるが―――サラはこれが限界だと言って、帰って行った。
 ルシュドに命じられたことをやるためだろう。
 そして、サラと入れ違いにフィリップが風を纏って姿を現す。

 【見つけたぜ、今留めている。街の近くの森だ。森の入り口付近だな】
【わかった】
【先、そいつらのところ戻ってる】
【あぁ】

 一瞬でフィリップは掻き消えて、ルシュドがわたしを手招いた。わたしが素直に従って、ルシュドの腕の中へと納まると彼は手を小さく振った。ばっと黒い闇がわたしたちを覆って来て、ぐにゃりと地面が闇色に染まって沈んでいく。
 たまにルシュドが見せる帰還の仕方だ。これは空間移動を兼ねているらしい。
 辺りが真っ暗になって、地に足がつかない不思議な浮遊感覚を味わっているうちに―――視界に光がさす。地面がしっかりとした土になった時には目の前にはフローガたちがいて。―――血色こそよくなかったが、サイラス様やエメロットも目を覚ましていた。
【来たな、ルシュド】
【―――――――手っ取り早く帰るぞ】
ルシュドが有無を言わせぬ言葉を吐いて、また腕を振った。


 次の瞬間、またぐにゃりと真っ暗の視界が覆って。
 ――――――――――――――――――――――――――――――――――わたしたちは、出発をしたあの日のセザール様の王間にいたのだった。

*・*・*

 【―――このほうが早い……、くそ、血が】
呻いてわたしにそう言うルシュドだが、その肩から真新しい真っ赤な血がどくどくと流れている。
「何があった、レシア」
目を見開いて驚いているルシュドが険しい表情になって、わたしを見つめてきた。
「―――報告、します。……任務で殲滅をしようとしたはぐれ精霊ですが……精霊界でも上級の闇の精霊であることが判明。負傷者多数、この人数と軽装で完全に殲滅するのは困難と思われます」
ずたずたでぼろぼろなわたしとルシュドを見たセザール様、そしてその横でぐったりしているサイラス様とエメロットを見やって、蒼白なまま俯いているフローガたちを見た。
「作戦を練り直す。状況はまたあとで聞かせてくれ。―――……精霊の具合は?」
セザール様は見えないふりを徹底しているようで、わたしにそう聞いてくる。

 多分、人間の目には―――ルシュドのところは血も何も見えないはずだ。

 「……ルシュド、姿を見せられるか?」
サイラス様たちもいるため、姿を現したほうが説明などもしやすいが―――ルシュドは軽く首を振った。
「だよな、悪かった」
【すまない】
「―――重症です。首から腹部にかけてあり、肩は貫通の怪我です。わたしも服をやられて破り捨てましたが……、なんとか生きています。また後日……報告でよろしいでしょうか」
「ああ、そうしてくれ。今は精霊ともどもゆっくり休むがいい」
わたしの言葉に、セザール様は深く頷いて賛成してくれた。

 話が一折済むと、ルシュドが冷たい視線を横にいたフローガの精霊たちに向ける。それはフィリップとサラも同じなようで、全員が慌てたように背筋を伸ばして自然とルシュドの言葉を待っているように見つめた。

 【―――――――――言っておく】
静かな低い声が怒りに満ちたそれを抑え込むように言う。
【―――ルイカを潰す。……もうあの世界でもこの世界でも生きられないように完全に。―――〝俺〟の命令だ、いつでも配下を出せるように下の者に伝えておけ】
【了解】
【僕は治療のほうを専門にするぞ】
フィリップとサラがすかさず頷く。
【―――御意、あなたの命令でしたら。ルイカは危険ですし、異論はないです】
唯一フローガたちの精霊の中で上級であるルーチェもそう頷いた。
【私たちも戦うのだな】
【そうだね、僕らも】
リリノアとアネモネの呟き。
【お前は俺の配下だろ、リリノア】
【お前は僕の配下だしね、アネモネ】
フィリップとサラがそう言って、二人は頷く。風を司るフィリップはリリノアの上に立つ存在であり、生命を司るサラは癒しを力とするアネモネの上に立つ存在だ。近い者たちがここに集まっているということになる。

 【シア】
「何だ?」
【こんな理由で早めたくはなかったが、お前と前に言っていたことをする】
「―――え?」
ルシュドはわたしの耳元に唇を寄せて二人にしか聞こえないくらいの声で囁いた。


 【お前を俺のものにするという約束】

 「―――!」

 【〝栄〟になれば、お前はもっと強固に護られる。護ることができる】

 「………」

 急過ぎて何も言えないが、その真剣な声音からしてルシュドの言っていることは本当なのだろう。そして、すぐにそれを実行するということも。驚いたまま固まってしばらく動けなかった。



 【シア】

 何かを突きつけるように、ルシュドはわたしの頬をなぞった。

 【分かっているだろう?―――お前にも、もう時間は残されていはいない】

 突きつける現実にわたしははっとしてルシュドを見上げる。彼は、分かっていた。わたしの残りの命のことも、もうすぐわたしの命が尽きようとしていることも。
【お前の部屋まで送ってやる。もう、帰るぞ】
優しい色を含んだそれに何も言うことはできず、わたしはルシュドの腕に引かれた。またあの黒い闇に飲み込まれる。
 視界の端に見えたのは、ルシュドの囁きを聞いていたのだろう―――耳の良い―――ルーチェたちの驚いた表情だった。
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~ Comment ~

強い絆ですね

レシアほどの魅力的な女性ならいろんな人に想われるでしょうけど、これはキツいですね。。。
でも支えてくれるルシュドがいればね(^^)
栄ってそこまで強い関係なんですね。
この人を失ったら生きていけないというくらい強い思いがあってこそなんでしょうけど、本当に先立たれてしまったら狂ってしまいそうです。
そこまでの相手と巡り会えたと思うべきか、1人になっても生きていける距離を取るべきか。
リアルの世界では毎日毎日夫婦の殺人事件のニュースの多い事。
距離を取り過ぎてもこうなってしまうし、伴侶になるというのは難しいですね。
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